東京高等裁判所 昭和44年(う)810号 判決
被告人 都竹一嘉
〔抄 録〕
所論は、一時停止の義務は、その交差点に一時停止の標識が設けられている場合において、運転者がその存在を認識した場合に限つてその義務があるのに、原判決が、交通整理の行われていない、左右の見とおしの悪い本件交差点における被告人の注意義務として、道路標識の有無に注意し、一時停止の標識が設けられている場合には交差点の直前で一旦停止すべき義務があるとし、被告人が右一時停止の標識の存在に全く気づかなかつたのに、なお被告人に一時停止の義務ありと認定して、一時停止をしなかつたことをもつて、被告人の過失が重過失に当るとの理由としているのは事実の誤認である、と主張するのである。
道路交通法は、公安委員会が一時停止の道路標識をもつて指定した場所においては一時停止すべきことを定め、これに違反した場合には一時停止義務違反としてこれを処罰するが、右一時停止義務違反の罪は故意犯であるから、一時停止すべき場所として道路標識等により指定されていることを認識してこれに違反する場合に成立し、誤つて右標識を見落した場合には過失犯としてこれを処罰しないことは言うまでもない。
しかし、交通整理の行われていない、左右の見とおしの悪い交差点を通過しようとする自動車を運転する者が、その交差点における交通の安全を確保するため、殊に交差する車両との衝突事故を未然に防止するための注意義務としては、左右からその交差点に入ろうとする車両があるかないか、その車両の状況、動静を注意して安全を確認して進行する義務がある。殊に交差する各道路の状況に応じて公安委員会が、交差点の手前で必ず一旦停止すべきところとしてその道路標識を設けている場合は、その道路より交差点に入ろうとする車両は、この標識を見落さないよう十分注意し、交差点の手前で一旦停止して左右道路の交通の安全を確認して進行して、その交差点における交差車両との衝突事故等を未然に防止すべき義務があるのである。
本件において交差道路を右方から交差点内に進入してきた小野弘司の進行した道路にはその交差点入口に一時停止の標識は設けてなく、その道路は被告人の進行した道路よりややその道路幅も広いのではあるが、同人とても交通整理の行われていない、左右の見とおしの悪い交差点に入るのであるから適宜徐行しつゝ、左右の安全を確認して事故の発生を未然に防止すべき義務があり、同人がこれを怠つた点において責むべきところがなかつたとは言えない。しかしながら被告人の進行した道路には、一時停止の標識が設けられているのであるから、被告人がこの標識を見落して一時停止せず、左右道路の交通の安全を確認しないまま交差点内に進入したことは、重大な過失と言わざるを得ない。所論は、被告人は一時停止の標識に全く気がつかなかつたのであるから、一時停止しなかつたことを責めることはできないと主張するのであるが、本件は単に被告人の道路交通法規違反としての一時停止義務が問われているのではない。交差点における車両交通の安全確保のため果すべき車両運転上の注意義務として、一時停止を指定された道路より交差点に入る車両は、右安全確保のための基本的要請として、右道路標識に十分注意し、仮初にも、これを見落すことなく、これに従つて交差点内の安全を確認すべきことを義務づけられているのである。右標識を見落して交差点内の安全を確認せず進行を継続するが如きは、その過ち重大であつて、前記小野弘司の責任を考量しても、これを左右し得るものではない。本件が小野弘司の重過失によるものと主張し、被告人の重過失を認定した原判決を非難する論旨は採用することはできない。また右の如き被告人の重過失により原判示各傷害の結果を発生せしめたことは、原判決挙示の証拠により優にこれを認定することができるのであつて、原判決の犯罪事実の摘示にも、その判決理由にも、所論指摘の如き違法は認められない。この点に関する各論旨は、すべてこれを採用することができない。
(関谷 寺内 中島)